「サッカーの練習中、相手からチャージを受けて、グラウンドに倒れました。
当り自体は大した事はなかったのですが、グラウンドに倒れた瞬間、
脛に痛みが走り、見ると傷ができていて出血していました。
すぐに圧迫止血を試みましたが、止まらず、ここへ運ばれた次第です。」
「そう、わかったわ。じゃあ、傷口を見せてもらうわね。」
「はい。」
傷口にあてがっていたガーゼをゆっくりと外す。
四隅に白い部分がわずかに残っていたが、ほぼ全体が、血に染まっていた。
「ひぃぃー!」
壁山が、悲鳴をあげて背を向ける。綱海も、あまり見ないように視線を外しているようだ。
春奈は、うつむいたまま動かない。
「出血は止まりかけているわ。でも、だいぶ深く切っているから、縫合が必要ね。
一度傷を消毒して、そのあと処置するわ。」
「はい。」
「それにしても・・・・・・、雷門のグラウンドは土のグラウンドだったわね?」
「そうです。」
「これは、何か鋭利なもので切った傷よ。
グラウンドの上に、ガラス片か・・・それに類するものが落ちてるかもしれないわ。
他のメンバーはまだ練習を続けてるの?」
「恐らく。」
「じゃあ、すぐに中断してグラウンドの点検をしないと。君たち?」
「は、はいっす!」
「今の、聞いていたわね。早く戻って、みんなに伝えてちょうだい。」
「りょーかい!行くぞ、壁山!」
「わ、待ってくださいよー綱海さーん!」
すぐさま駆け出す綱海を壁山が追っていく。
「春奈、お前も戻れ。」
「でも・・・私、お兄ちゃんが心配だから・・・。」
「話を聞いていたんだろう? 今はとにかく全員でグラウンドを調べなければ。」
「そうだけど・・・。」
「あなた、妹さんなのね。」
「あ、はい。そうです。」
やり取りを見かねたのか、医師が口を挟んだ。
「彼なら大丈夫よ。処置が終われば自力で戻れるでしょう。付き添いは不要よ。
心配なら私が責任を持って、グラウンドまで送り届けるけれど。」
「そこまでする必要はありません。俺は自分で帰れます。だから春奈。」
「でも・・・・・・。」
「いずれにしろ処置の間は診察室を出てもらわなくちゃならないから、待合室に居てくれるかしら。」
「春奈、戻るんだ。俺は一人で帰れないほど子供じゃない。」
「・・・わかった。先に戻ってる。先生、よろしくお願いします。」
「わかりました。あなたも、気をつけて帰るのよ。 あなたが怪我したら、
今度はこのお兄さんが大変そうだわ。」
その一言で、なんとなくギスギスしていた空気が緩む。
春奈は名残惜しそうにしながらも、ぺこりと一礼すると診察室を出て行った。
「さて、やっと治療開始ね。」
医師はモードが切り替わったかのようにきびきびと動き出す。
「せっかく血が止まりかけてるところだけど、まずは洗浄しないとね。
少し痛むけど、大丈夫よね?」
「はい。」
足元に水を受ける容器が準備されると、医師は生理食塩水、と書かれた大きな
ボトルの封を切った。そこから水が勢いよく傷にかけられる。
「ウッ・・・・・・!」
「我慢して。」
傷の周りに付着していた血と泥が洗い流されていく。
水の勢いが変わるたびに、痛みが襲う。
有人は無様な声を上げたくはないと、唇を噛み必死に耐えた。
数度それが繰り返され、傷の洗浄は終わったようだ。
清潔なガーゼをあてがいながら、医師は告げる。
「さて、次は縫合ね。傷口も大きいし、まずは麻酔するわ。注射、大丈夫?」
「は?」
注射が怖いか、という意味だろうか。
そんなことを聞かれること自体が屈辱的だと有人は思った。
「いえ、大丈夫です。怖くなんかありません。」
「えっ? ・・・・・・ああ、ごめんなさい。言葉が足りなかったわ。
麻酔薬で今までアレルギーを起こしたりしたことはないか、っていう意味だったの。」
「!? ア、アレルギーは・・・・・・ないです。」
有人の顔が一気に赤くなった。余計な事を言ってしまったことも悔しいが、
自分が子ども扱いされていることに、苛立ちを覚えた。
そんな有人の心情を察したのかはわからないが、医師はそのあと
ほぼ無言で傷の処置をした。麻酔の注射をし、小さな針と細い糸を
両手の器具で器用に操り、あっという間に傷口を縫合していった。
「はい、これで終了よ。」
「ありがとうございます。」
「傷口を濡らさないように保護するテープと包帯、念のため抗生剤も処方するわ。
それから、抜糸まで毎日ここへ消毒をしにきて欲しいんだけど、来られるかしら?」
「はい、練習が終わった後であれば。」
「少しぐらい遅くなっても構わないわ。うちは個人病院だから、そういうところは融通利くの。」
「はい、すみません。よろしくお願いします。では。」
辞去しようとして立ち上がりかけた有人に、医師が声をかける。
「グラウンドに戻るの?」
「はい、皆待っていると思いますし。」
「・・・・・・今日ぐらい、ゆっくりしていったら?」
「そういうわけには・・・・・・。」
「でもあなた、相当疲れてるみたいよ。治療中からずっと気になってたんだけど・・・・・・。」
そう言うと医師は立ち上がり、有人の肩に触れた。
その瞬間、痺れるような感覚が全身に走る。
「つっ・・・・・・!」
(なんだ・・・これは。俺は一体どうしたと言うんだ・・・・・・?)